【令和の虎社長・竹内亢一】10年で金の盾3枚・銀の盾29枚!手掛けたYouTubeの総登録者500万人超え!YouTube界の風雲児に聞く成功の極意~動画で大人に『学びと笑いと感動』を届けたい!

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「令和の虎」の人気「虎」として知られる竹内亢一(44)。彼が10年かけて手掛けたYouTubeチャンネルの総登録者数は、いまや500万人を超える。100万人登録の証「金の盾」3枚、10万人登録の「銀の盾」29枚を保持するこの男は、実は「中卒」のバックグラウンドを持つ。15才で三重を飛び出し、いかにして時代の寵児となったのか。多くの話題チャンネル「令和の虎」(登録者数150万人)、「wakatte.tv」(登録者数70万人)、フランチャイズチャンネル(登録者数21万人)、「年収チャンネル」(登録者数29万人)を生み出した 、破天荒なサクセスストーリーとクリエイティブ術に迫る。

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15才で一旗あげる!と東京へ上京~プロダクションに所属してCDデビュー&映像の才能が開花

――― 若い頃はどのような活動をされていたのですか?

竹内:音楽で一旗あげようと、15才で三重から東京へ出てきました。 当時はとにかく仕事をして生活費を稼がなければならなかったのですが、求人誌を見ても「18才歳以上」ばかり。最初はアルバイトを掛け持ちしながら、必死にバンド活動を続けました。最終的に音楽で食べていけるようになり、プロダクションに所属してCDデビューも果たしました。27、8才まで約10年間、ギタリストとして活動していましたが、メンバーの家庭の事情で継続が難しくなり、「メンバーを変えてまで続けるくらいなら」と解散を決意したんです。

――― 映像の世界に進んだきっかけは何だったのでしょうか?

竹内:ちょうどiTunesが普及し始め、CDが売れなくなった時代でした。 「これから映像だ」と直感したんです。もともとクリエイティブが好きで、バンド時代も作曲だけでなくポスターやチラシ制作を自分で手掛けていました。そこで映像も独学でマスターしようと制作会社の飛び込みました。フタを開けたらパーティー会場みたいなところの映像を作る会社だったんです。飲みの場とか、水商売で流す映像を作ることになりまして。そこで必死に作るうちに、クライアントから「この映像を作ったの誰?彼に頼みたい」と指名が入るようになったんです。会社にも直接、新規のクライアントさんから問い合わせが来て。数が増えていくうちに自然と会社からどうぞ、と今で言うフリーランスみたいな契約にさせてもらいまして。結果、会社員時代よりも収入が大きく増えたタイミングで独立し、会社を設立しました。

――― バンド時代の経験が起業に活きていると感じることは?

竹内:大いにありますね。バンドマンは自己主張が激しい人たちの集まり。僕はその「まとめ役」でした。相手によって伝え方を変えるといったコミュニケーションの基礎はそこで培われました。独立後は10年ほど泥水をすするような苦労もありましたが、すべてを一人でこなそうと思った経験が今に繋がっています。 常に“ポジティブマインド”でしたから。 貧乏ながら全部1人でやろうと思ったのが良かったんだと思います。 作曲の活動以外に フライヤー、ポスター、CDのデザイン制作、幕間のBGM、梱包、iTunesなど。特典やオフショット映像も。どうすればファンが驚いて喜んでくれるか、そればかり考えていました。1週間の合計睡眠時間が45分なんて時期もありましたね(笑)。

――― ものづくりへのこだわりは?

竹内: ビジュアル系バンドだったので、見せ方や印象には徹底的にこだわっていました。海外遠征中もずっとカメラを回し、X JAPANやZIGGYのような世界観を意識していましたね。映像を撮るときも、顔の角度や目の高さを揃える、顔の近くにテロップを配置するなど、視覚的な心地よさを追求しました。hide with Spread Beaverの映像も浴びるほど見ました。作曲・編曲も合わせれば数100曲を手掛けてきたので、そのリズム感も今の動画制作に活きているはずです。

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【 日本一のYouTube制作会社へ~「中卒」の僕だからこそ届けたいもの 】

――― 会社を設立してから大切にしていることは?

竹内: 31歳で起業し、当初はTikTok制作などにも挑戦しましたが、YouTube番組「令和の虎」が大バズりしたことで確信しました。「差別化の難しい商品を魅力的に見せる番組づくり」に特化しようと。今では優秀な元テレビマンたちが集結し、業界最強のチームになったという自負があります。 僕は中卒で、いわゆる「学歴」はありません。でも、人間の知識欲は一生枯れないと思っています。中卒の僕だからこそ、「動画を通じて大人に『学びと笑いと感動』を届けたい」という思いは誰よりも強いんです。

――― 「令和の虎」からもその熱量は伝わってきます。

竹内:「令和の虎」は、経営を学びたい視聴者が集まる場。自分が学びを与えられる立場になれたら面白い、という思いが根底にあります。僕にとって「大人への学び」は永遠のテーマですね。

――― なぜ、短期間で業界トップクラスまで急成長できたのでしょうか?

竹内: 2012年頃、高性能PCが安価になり、Adobeのソフトがサブスク化されたことで、映像制作のハードルが劇的に下がりました。参入者が増えて価格競争が起き、1本30~50万円だった案件が10万円まで暴落したんです。「薄利多売では勝てない」と痛感しました。 当時、 僕はお金がなかったので、作曲活動の一環として世界中のYouTubeを無料の情報源として見まくっていました。今ほど版権がうるさくなく。色々な音楽があがってたんですよね。CDを買う金もなかったのでYouTubeを見ていれ色々な人のオマージュができるって。そこで気づいたんです。「自分と同じように、無料で質の高い情報を求めている人は世界中にたくさんいる」と。そのニーズを突いたことが成功の要因だと思います。

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【 “何をやるか”より“誰がやるか”。好きという気持ちに勝るものはない 】

――― 「令和の虎」に出演する際、どのような志願者なら応援したいと思いますか?

竹内: 僕はYouTubeが大好きでこの仕事をしています。だから志願者からも、事業に対する圧倒的な「好き」が伝わってくると心が動きますね。「何をやるか」より「誰がやるか」。 好きが強い人はバイタリティがあります。また、組織運営には自己犠牲が伴う場面もありますが、それを苦にせず突き進める人と一緒にやりたい。あとは、助けてくれる「仲間(右腕)」がいるかどうか。一人で抱え込まず、人を巻き込めるのはその人の「人望」ですから。

――― 採用において重視していることは?

竹内: 面接は「SHOW TIME」だと思っています。うちの人事が言った名言があるんです。「求職者は『良い自分』を演じ、企業側は『良い会社』を演じ、 短時間でお互いのその後の人生の数年を決める」と。経歴、失敗、遠回り。すべてはその人の「物語」であり、武器です。僕は欠点を探すのではなく「この人と未来を創れるか?」を見ます。採用は運命共同体を選ぶ場ですから。不器用でもいい、ありのままの言葉で話してほしい。面接は評価の場ではなく、ドラマチックな出会いの場。自信を持ってステージに上がってほしいですね。

――― 社員に対する思いをお教えください

竹内:いつも思い出すことがあるんですが。初めて「社長」と呼ばれた日。起業してから8ヶ月後の出来事でした。1人では手が回らなくなって初めて従業員を雇用したんです。全く無名の会社に応募してきてくれた彼。偉くなった感覚は1ミリもなかったけど、ただ、胸の奥が熱くなりました。“もしかしたら、自分は誰かの人生に責任を持つ立場になったのかもしれない”そんな重さと嬉しさが混ざった複雑な心境でした。あの日から12年。たまには迷ったり疲れて馬力が落ちる日もあるけど、〝社長〟と呼ばれる度にいつも従業員から背中を押してもらえる。社長は単なる肩書きじゃない。経営なら誰しもが通る道だと思っております。いつまでも初心と従業員への感謝を忘れないでいたいです。

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【 故郷・三重で革命を!経営者のアップデートこそが地方を変える 】

――― 2025年に「みえの虎」を発足させた狙いは?

竹内: 経営において最も恐ろしいのは、売上の減少ではなく「自分が学ばなくなること」です。気づかぬうちに過去の成功体験に執着し、判断が鈍り、周囲に追い抜かれていく。「地方だから」「市場が小さいから」といった言い訳は聞き飽きました。会社を変えるには、環境よりも先に「経営者のアップデート」が必要です。「みえの虎」は、学びを通じて稼ぎ、三重を変えるためのプラットフォーム。地元の経営者が本気になれば、三重は変わる。「三重の未来を作るのは俺たちだ」という地元愛が原動力です。

――― ご両親への想いも関係しているのでしょうか?

竹内: 三重に住む両親は共に71才。 父は吉田拓郎、井上陽水といったフォーク世代、母は竹内まりや、松田聖子世代で少なからず影響を受けてますね。15才で家を飛び出した親不孝な息子ですが、メディアに出て活躍することが今の僕にできる親孝行だと思っています。 10年前に独立したとき、父と酒を飲みました。すごく喜んでくれたのを覚えています。「伊勢から出て、名を上げた男」として、これからも圧倒的な数字を叩き出し続けたいですね。

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▽竹内亢一・プロフィール

1981年8月27日、三重県伊勢市生まれ。実業家、動画クリエイター、ギタリスト、“モテ”ブランドマーケター、株式会社Suneight(サンエイト)代表取締役、動画マーケティング協会 代表理事、「みえの虎」代表理事。「令和の虎」出演者でもあり立ち上げメンバーとしても知られている。中卒でミュージシャンを目指し鞄一つで上京。バンド活動で訪れた海外にて「映像」が秘める可能性の大きさに着目し、2006年から動画制作を独学で始める。YouTuberやコンテンツマーケティングといった言葉が日本で広まる前からYouTubeに着目し、2013年YouTubeマーケティング会社「Suneight」を設立。10年間培ったノウハウで信頼を獲得し、上場企業から個人事業主までを成功に導く。 10年で手掛けたチャンネルは金の盾3枚、銀の盾29枚を獲得。現在は拠点をタイに移し、アジアナンバーワンの動画マーケティング企業を目指している。

≪SNS≫

【X】https://x.com/Suneight_CEO

【Instagram】https://www.instagram.com/suneight_ceo/

【Facebook】https://www.facebook.com/suneight.CEO/

【YouTube】https://www.youtube.com/@suneight_ceo

【TikTok】https://www.tiktok.com/@suneight.ceo?lang=ja-JP

【Suneight ホームページ】https://suneight.co.jp

【みえの虎】https://mienotora.com

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