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タイラダイスケ(FREE THROW)【生活と音楽 Vol.14】× NOLOV(JABBA DA FOOTBALL CLUB)(後編)「生活」と「音楽」、それぞれの方法論での自己実現と決断(※Twitterプレゼントあり!)
情熱とアイディアを持って「生活」と「音楽」を両立させている人にフォーカスを当てる対談連載『生活と音楽』。
第14回目となる今回はHIP HOPグループ「JABBA DA FOOTBALL CLUB」のNOLOVくんに話を聞いた。
全編では東京に出てきていよいよJABBAが始まっていく前夜までの話を聞いた。後編ではJABBAの本格始動と就職という大きな変化が始まった大学卒業後から現在に至るまでの話。
Interview & Text:タイラダイスケ(FREE THROW)Photo:石崎祥子
JABBAの本格始動と就職
タイラ:JABBAが本格的に4人になったのは、まだ大学生の時?
NOLOV:いや、えーと…ちょうど働き始めたくらいっす。23歳くらいの時。
タイラ:じゃあ大学卒業して、JABBAが本格始動すると。大学を卒業して働いたって言ってたと思うんだけど、仕事の話とかも聞いていってもいいですか?
NOLOV:全然大丈夫です。
タイラ:東京来て、バイトとかもしてた?
NOLOV:してました、めっちゃ。飲食と、えーと…コンビニとか、小学生と遊ぶバイトとか。服屋の店員したりとか。もういろんな事やってました。その時のノリで生きてたんですよ。
タイラ:で、大学はだいたい普通だと3年生とかから就職活動が始まってくるじゃん?就職活動とかは結構真面目にしてたの?
NOLOV:もうソッコー決まったんっすよね。めちゃくちゃ早くて。広告代理店に入りたかったんで、何社かバーッて受けたら通ったから、もう(就職活動は)止めて。
タイラ:じゃあ大学卒業して最初に就職したのは広告代理店?
NOLOV:そうですそうです。それもめちゃくちゃラッキーで。ホント僕ぼんくらなんで、履歴書を3回忘れて行ったんですよ。
タイラ:履歴書を3回忘れて…面接に行ったってこと(笑)?
NOLOV:エントリーシート通って、筆記とか受けて全部通って、面接の時に「私服OK」って書いてあったからもう真に受けて、ガチで私服で行ってて、その時僕自分で服作るのにハマってたんで『M』ってデカいワッペンを胸に付けて「村上なんでMです」みたいな、今振り返ると身の毛もよだつ最悪の掴みをやって。「お前おもしれーなぁ。すげぇバカいるんだなぁ。」ってラッキーで通って。その時も「履歴書忘れちゃって・・・USBにはあるんですけど。へへ」みたいな(笑)。で、3次試験の時もまた忘れて「もうホント終わったな…」と思ったら、でも大丈夫だった、みたいな。「あと送るんで!郵送するんで!」って言ったら通って(笑)。
タイラ:もうそういう芸風なのかと思われてる可能性あるね(笑)。
NOLOV:ホントに。だからすげーラッキーで入れたんです。
広告代理店での4年間
タイラ:その広告代理店で何年くらい働いたの?
NOLOV:3~4年くらい働いてました。
タイラ:仕事はどういう内容だった?
NOLOV:動画の部署だったんですよ。何もわかんねぇってなったんですけど、とりあえず色々できないなりにチャレンジしてみて。結果出したり出さなかったりやってるうちに「何か新規事業立ち上げていいよ」って事業立ち上げの権利を貰えたんです。だから新規事業計画書を書いたりしてて。そのタイミングでJABBAの2ndアルバムのツアーをやったんです。もうおかしくなりそうでしたね。社長にプレゼンに行く次の日にはもうツアー回ってて。で、土日ツアー回って帰ってきたらまたその作業が入って、をずっと繰り返してました。だから結構、代理店入ってからはJABBAの活動も並行してたんで、あんま覚えてなくて。
タイラ:忙しすぎた?
NOLOV:はい。だからもう土日はライブ、(音楽)制作。で、月~金まではずーっと働く、みたいな事をずっとやってたんで、あんま覚えてない。でも仕事も楽しかったんですよ。ただ限界が来ちゃって、ってことで。
タイラ:でもその、ある種のクリエイティブな事とかっていうのは、大学の時Zineを作ってたりっていうところとそんなに遠くないというか、得意な分野ではあったりするかもしれないからね。メディアは勿論変わってるけど、Zineを作るか、動画を作るかっていう違いだけで。
NOLOV:なんかすごい話長くなっちゃうんで全部バーッて端折ったんですけど、その、立ち上げた新規事業っていうのも自分の思いとも重なっていて。Youtubeで検索すればわかるんですけど、『McGuffin』っていう。
タイラ:そうなんだね!観たことある。
NOLOV:自分にとってはすごくしたかった「Zineを作って何かを伝える」みたいな、メディア的な事をちょうど始められたんですよ。
「行動が変わった」っていう人が何人いるかが一番大事
タイラ:じゃあ高校の時に東京に憧れてたっていうのは、多分カルチャーだったりとか、そういう物への渇望、「あそこに触れたい」みたいな気持ちがあって、大学の時には実際それに触れられて。で、今度は就職をして、それを仕事に出来たんだね。もちろん高校の時とかから音楽の趣味は変わってるけど、自分の好きなカルチャーを通して、かつそれをちゃんとマネタイズして仕事になっているっていう。
NOLOV:そうですね。でも一番は、僕みたいにヤられちゃった奴を増やしたかったんすね。何かをしたいなって思って実際に行動することはキッカケがないとすごく難しいから、『McGuffin』のコンテンツを観て、心が動かされる人を少しでも増やしたかったんです。ちょっと迷ってんなーっていう時…それこそ僕で言うとJABBAをやるのか仕事やるのか迷った時に、Youtubeで矢沢永吉のインタビューとか観るとマジ背中押されるんすよ。「かっけぇー!」って。
タイラ:わかるわかる。
NOLOV:ということは、もっとそんなスターじゃなくて、クリエイター達もそのパワーは持ってて、それを出す場所がどんどんなくなっていってるだけなんじゃないか、と思ったんですよ。
タイラ:それはある種Zineを作った気持ちだったりさかのぼったら『SNOOZER』がなくなって「うわぁー」と思った気持ちに近いね。
NOLOV:すごい近かったんですよ。
タイラ:アウトプット出来るパワーがあるクリエイターだったりアーティストが、そのパワーをちゃんとアウトプット出来る場所、プラットフォームを作るっていう事だよね。
NOLOV:そうですそうです。だから視聴数とかの基準じゃなくて、その1コンテンツが1000回しか観られてないとしても、それをみたある5人の気持ちがちゃんと変わってるんだったら、それは価値があると思ったんですよ。
タイラ:確かに。
NOLOV:僕はそれをしたかったんです。マネタイズだけをするんだったら別のコンテンツの方が良いんですよ。だから自分が立ち上げて一番大事にしたのはそこです。視聴数じゃなくて、このコンテンツを観てちゃんと行動が変わったよねっていう人が何人いるかが一番大事だと思って。それをすごくやりたかったし、それを立ち上げられて自分はすごい楽しかった。特に嬉しかったのは、『McGuffin』で写真家の相澤有紀の動画を作った時です。で、その動画を観て写真を始めて、『McGuffin』で何かしたいんです」みたいな問合せをしてくれる子がめっちゃ増えたらしいんですよ。そういう事が自分にとってはめっちゃ喜びだったんです。
タイラ:良い話だね。ただ消費されるものと、しっかり留まるもの…要は数の差じゃなくて質の差っていうところが大事なんだ、ってことね。
俺は本当はどっちがやりたいんだろう?という葛藤とグループを覆った倦怠感
NOLOV:『McGuffin』は自分のやりたい事をやっている、っていうのはすごくあったんで。でもJABBAもずっとやりたくてやってるから、「俺は今どっちやりたいんだろう?」みたいな葛藤はすごくあって。
タイラ:NOLOVくんは仕事では動画だったりメディアを通じてアーティストとかクリエイターの後押しをする仕事をしてたけど、自分もそもそも後押しされる側のアーティストだからね。そこにギャップを感じるというか、歪みみたいなものは自分のアイデンティティーの中で出てきたりしたのかな?
NOLOV:それもあるんですが、やっていくにつれて、JABBAとの両立が単純に体力的に厳しかった。
タイラ:仕事とJABBAを両立しながら、体力的なものとあとは気持ち的なものの問題が出てきたと。仕事の自分と、JABBAの自分がいて、しかもそれが絶妙にリンクしてるから余計辛かったのかなとは思うんだけど。
NOLOV:そうですね、間違いないですね。
タイラ:じゃあJABBAもどんどん聴いてくれる人とか応援してくれる人とか増えてきて、いよいよ仕事をそろそろ辞めなきゃ、っていう風になると思うんだけど、それは26歳、25歳?
NOLOV:25歳っすかね。
タイラ:仕事が22で始まって大体3~4年弱くらいの時、何か「ここで辞めよう」と思ったキッカケとかはあった?
NOLOV:2ndを作って出す前に、グループの中にものすごい倦怠期が来て。やっぱり限界感じたんですよね。ちょうど僕その時生活環境が変わって、TOSHIKI HAYASHI(%℃)っていうトラックメーカーとルームシェアで2人で暮らし始めたんですよ。TOSHIKI HAYASHIってマジでずっと作ってるんですよ。うちに帰ったら、隣の部屋からずっとビート鳴ってて。そういう風に自分の周りの環境が変わっていくと、自分も変わっていくんです。「もう音楽をとことんしたいなー」と思うようになったんです。オレたちは口では「売れたい」って言いつつも…保険掛けながら生きてたから。
タイラ:メンバーもそれぞれ働いてたの?
NOLOV:全員働いてました。で、このままじゃまずいなと思って。
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