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タイラダイスケ(FREE THROW)【生活と音楽 Vol.2】×武田信幸(LITE)
バンドマンとして、バンドを続ける「不安」と「喜び」に向き合う(前編)

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タイラダイスケ(FREE THROW)【生活と音楽 Vol.2】×武田信幸(LITE)<br>バンドマンとして、バンドを続ける「不安」と「喜び」に向き合う(前編)

左:タイラダイスケ(FREE THROW)右:武田信幸(LITE)

情熱とアイディアを持って「生活」と「音楽」を両立させている人にフォーカスを当てて話を聞いていく対談連載「生活と音楽」。

第二回目となる今回は世界を舞台に活動するインストロックバンドLITEのギタリスト武田信幸くんに話しを聞いた。

実は彼は「バンドマン」という肩書き以外に、「行政書士」という肩書きも持っている。
彼がバンドを続けていく中で、何故行政書士を目指し、起業しようと思ったのだろうか。
そして行政書士になった今、彼の中でのバンドの存在はどう変化をしたのだろうか。

話を聞いていく中で、その行動原理となっている武田くんの「信念」が見えてきた。
彼のアイディアとチャレンジはきっとたくさんの人にとっての指標になるのではと思う。

Interview & Text:タイラダイスケ(FREE THROW)


<LITE / D (feat.TABU ZOMBIE)>


LITE結成秘話

タイラダイスケ(以下タイラ):今日はよろしくお願いします。まず、武田くんのやっているバンド『LITE』の話を聞いていきたいなと思うんですけど、LITEって調べてみたらもう14年やっているんだね。長い(笑)。

武田信幸(以下武田):長いね(笑)。

タイラ:今武田君って何歳だっけ?

武田:今年35歳だね。

タイラ:じゃあ21歳とか20歳の時からやっているバンドって事だね。LITEは大学の友達で組んだんだっけ?

武田:いや、元々構造(※1)とジョージ(※2)は同じ千葉県出身で、構造にいたってはもう同じ団地の出身だから。

※1 楠本構造。LITEのギター&シンセサイザー担当。
※2 山本晃紀。LITEのドラム担当。ジョージは近しい人が彼を呼ぶあだ名である。

タイラ:幼馴染なんだ?

武田:幼馴染だね。中学の時は一緒にはやってなかったけど、高校卒業の時くらいに一緒にやろうって話しがあって。それで二十歳くらいになったときに、「上京して東京でどんどんバンド活動していこう」って。その当時はもう「プロになろう、音楽だけで食っていこう」ってことしか考えてなかった。

タイラ:上京して活動しようっていうのは、やっぱり音楽への大きい夢があって?

武田:そうそう。そうだね。遡れば……中学ぐらいの時からギターをはじめるわけじゃん。それで「これだな俺の人生は」って思って。だから音楽のために高校を選ぶというか、なんなら高校行かなくてもいいかな、くらいに思っていて。

タイラ:そんなにバンドというか音楽一筋な人生だったのね。

武田信幸(LITE)


武田
:勉強しないで音楽だけをやっていく道はないのかなって中学くらいの時に思って。でも冷静になると当然高校に行った方がいいなって思う気持ちもあって、たぶん俺そういう意味では早熟だったと思うんだけど、高校も将来の役に立つと思って行ったし、高1から英語の塾に通ってたの。

タイラ:へ~!

武田:別に勉強が出来たとかじゃないんだけど、中学の時は全然英語が出来なくて、これはまずいなって思っていたし、このあとの人生でも英語って絶対役に立つって思ってたから。高1で別途塾に通い始めたの。別に進学校とかじゃなかったから塾に通ってるやつとかいなかったんだけど、俺はあえて行って。

タイラ:例えば今LITEって海外のツアーとか行っているけど、「たぶん俺は将来、海外をツアーで周るだろうな」っていう意味で英語を勉強しようと思ったの?それとももうちょっと「漠然と何かしら役に立つだろうな」っていう意味で勉強したの?

武田:そうそう、漠然とだね。で、まあ大学もそのまま続けて英語を勉強して、最終的に英語の教師の免許取るんだけど、なんとなくそういう「保険」みたいなところは必要なんじゃないかなって高校時代からぼんやりと思ってたのね。

タイラ:じゃあプロミュージシャンとして食っていくぞっていう思いもずっとありつつ、でも、なにかがあった時には…。

武田:うん、なんか必要だろうなっていうのはぼんやり感じてはいたね。でも、音楽だけで食っていけたらやっぱり一番いいだろうなって思ってもいた。高校も音楽どっぷりだし、部活も入らないでバンドやって。高校時代から考えるとずっとバンドやってるんだよね。LITEのバンド歴は14年だけど、バンド歴で言うともう中学生くらいからだからもう20年とか?それぐらいどっぷりなバンド人生ですね。

タイラ:まさかとは思うけど、中学生とかからLITEみたいな音楽をやっていたわけじゃないよね?(笑)

武田:じゃないじゃない(笑)。中学の時はコピーバンドでしたね。

タイラ:良かった(笑)。その当時はどんなバンドのコピーしてたの?

武田:イエモンとかブルーハーツとか(笑)。で、高校1くらいからオリジナルを作り始めて。

タイラ:それはどんな音楽性?やっぱり歌もの?

武田:歌もの。全然ギターロックみたいな。J-popに毛が生えたくらいの感じのやつで。

タイラ:で、LITEを組むのが21とかの頃でしょ?大学生になって。

武田:そう。上京して、音楽でどんどん活動していこうみたいな。

<LITE / human gift>

タイラ:インストバンドをやろうと思ったのは、聴く音楽が変わってきたっていう理由があるのかな?

武田:まぁそれもあるんだけど、環境もあって。元々ボーカルがいたんだけど抜けちゃったのね。で、どうしようってなった時に、ボーカルがいないならインストだけでやっちゃおうみたいな、そういう選択肢だったっていう。

タイラ:じゃあ、必要に迫られてっていう部分もあったんだね。LITEは初期の頃から活動は結構順風満帆にいってたんですか?

武田:いや、全然。そもそもインストバンドってものが一般的にあまり認知されてなかったから、お客さんがつかない状態でライブはやってたね。ただ音楽好きな人たちからはちょいちょい「いいバンドだね」みたいなことを言われることもあったから、なんとなくやっていけるだろうなっていう根拠のない自信はやっぱりあったんだよね。

タイラ:じゃあその「なんとなく好きな人には届いてるな」っていう実感があったから続けられた部分はあるんだね。

武田:そう、そういう実感があったから自信を持ってやってこれたのかな。活動を続ける中で下北沢ERA(※3)で色々なバンドと出会ったり、新宿MARZで今もマネージャーをやってくれている山崎さん(※4)に出会ったり。山崎さんに初めて会った時にすごい気に入ってくれて、「LITEをどこかのレーベルに売り込んでみようか」っていう話をしてくれて、タワレコのNMNLっていうレーベルからリリースが出来て。その辺りからちょっとずつ状況が変わってきたなという気はしてたかな。徐々に「あぁ、これが軌道に乗ってくるってやつなのかな」って。それが23歳ぐらい。

※3 下北沢のライブハウス。LITE活動初期によく出演をしていたライブハウスで、当時彼らと同年代の音楽性豊かなバンドが多数出演していることから、「ERA系」という言葉が生まれるほど東京のライブハウスシーンの中心に位置していたライブハウス。
※4 山崎和人。新宿のライブハウスMARZの当時のブッキングマネージャーであり、当時から現在までLITEのマネージャーを務める。

海外での活動で得た「充実感」

タイラ:結成2年とか3年とかだね。海外ツアーも今は頻繁に行っていると思うんだけど、海外ツアーに行くようになったきっかけというか、そもそも最初の海外ツアーはどこに行ったんですか?

武田:初めての海外ツアーはアイルランド。なぜかっていうと、MARZでライブをしていた時にとあるアイルランド人が見に来てくれて。俺たちのことを当時my spaceで聞いてくれていたみたいで。何回かライブを見に来てくれたんだけど、ある日のライブ終わった後に彼と話しをしたら、「レーベルの第一弾アーティストとしてお前たちの音源をリリースしたい」といきなり言われて(笑)。

タイラ:それはアイルランドのレーベルから?

武田:そう。自分でアイルランドでレーベルを作るからそこで出したいと。で、出すからにはツアーも周りたいと。っていうところから全部スタートしてるんだよね。それが2006年。アイルランドだけで4~5カ所のツアーを回ったのがはじまり。

タイラ:でも、アイルランドだけで4~5カ所回るって言ったら結構津々浦々回る感じ?(笑)都市は全部行くみたいな(笑)。

武田:そうそう。だからそのあと海外ツアーでアイルランドは何回も行ってるけど、もう二度と周ってないところもあるから(笑)。

タイラ:やっぱり海外でやってみたいという気持ちは前からあったの?

武田:うん、それは結成当初からなんとなく思っていて。

タイラ:それは英語勉強して喋れるしとか、そういうのもあるのかな?

武田:それはあんまり関係なくて、活動し始めた時にLITEの音楽性は海外の方が可能性があるかもしれないなと思っていて。具体的なプランはなかったんだけど、なんかきっかけあったら海外にライブに行きたいねって。そのアンテナがあったからそのアイルランド人が来た時に、「これだよ!」っていう風にみんなの気持ちがガッと一つになれたっていうのはあったよね。

タイラダイスケ×武田信幸(LITE)

タイラ:初めての海外ツアーはどうだったんですか?

武田:もうぐっちゃぐちゃですよ(笑)。もうホテルとか基本的に取らないからさ、人の家に泊まったりとか。英語も喋れないし聞き取れないっていう感じで、もう軟禁状態でしたね。

タイラ:なるほど(笑)。もう「今日これからどこに連れていかれるのかわからない」みたいな感じだ?

武田:しかも、最初はCDリリース前のツアーで。リリース前に一回試しで行って、その後ちゃんと周ろうみたいな感じで。集客は散々だったんだけど、ダブリンの都市のライブだけはお客さんがすごく来てくれて。

タイラ:それはLITEのことを知っているお客さん?

武田:多分知ってはないんだろうけど、プロモーションはしてくれていたみたいだから、興味持って見に来てくれたお客さんが多くて、すごいその時は盛り上がったんだよね。「あ、これが海外のライブか!」っていう感動をそこで感じて。

タイラ:そこに自分たちが海外で活動したいなと思って、思い描いていたイメージの片鱗がちょっと見えたというか。

武田:そうそう。「この充実感!これだよ!」みたいな。

タイラ:やっぱり日本とは全然違う感じ?

武田:そうだね。今でこそ、外国と日本のノリって違うなってなんとなくわかったけど、その時は本当に体感して初めて本当に分かったっていうか。

タイラ:それから海外ツアーで色々な国に行っていると思うんだけど、今まで何か国ぐらい行ったの?

武田:数で言うと多分20ヶ国ぐらいは行っているんじゃないですかね。

タイラ:日本のライブより海外のライブの方が多いんじゃないかっていう年とかあるもんね(笑)。

武田:ある。だって「日本帰ってきてるんですね」って言われるし(笑)。「いやいや、住んでるんですー」ってなるね(笑)。

<LITE US TOUR 2015 Documentary “Past 7days” Trailer>

「バンドをこのまま続けていく不安」の中で辿り着いた「起業」という方法

タイラ:じゃぁちょっと話しは変わって、バンドの話から武田君が今やっている仕事の話も聞いていきたいんだけど、今、武田君は行政書士(※5)の仕事をやっているんだよね。何歳の時に行政書士の資格を取ったんですか?

※5 行政書士法に基づく国家資格で、官公庁に提出する書類の作成、提出手続等の代理や作成に伴う相談などに応ずる専門職。

武田:32歳だね。

タイラ:バンドもだいぶ軌道に乗って、LITEっていうバンドの地位はすでに確立している時期だと思うんだけど、そのときに行政書士の資格をとろうと思ったきっかけはあったの?

武田:そうですねぇ。LITEもメンバーが家庭を持って子供が生まれたりとか、仕事との兼ね合いで曲作りとかライブの時間が取れないっていう状況に段々なってきたりしてたわけですよ。やっぱり30くらいになった時に周りのバンドがバタバタと止まっていくような環境もあったりして、このまま続けていくのは本当に負担が大きいなと思って。

タイラ:今までと同じやり方をしてたらこのバンドはもう続かなくなっちゃうんじゃないかなっていう不安があったのかな?

武田:うん。そうだね。だから何かを変えなきゃいけないなって。そもそもね、アルバイトをずっとその時やってて。それを辞めて、別の何か出来ないかなっていうのをぼんやり思っててたんだよね。

タイラ:ちなみにその時は何のバイトをしてたんですか?

武田:電話のバイト。テレアポだね。シフトの自由もきくし、時給も高いんで。それはずっと12年くらいやってたんだよね。大学からずっとやってて。

タイラ:すごい、超ベテラン。

武田:もうね、超ベテラン。最終的には電話取らない管理する側になっちゃった(笑)。ただまぁこれ一生続けるわけにはいかないだろうと思ったときに、自分で何か人生を切り開きたいなと思ってたんだよね。ただそこで就職するってなると…俺の中の勝手なイメージではあったんだけど、就職したら平日は基本的に時間が取られるだろうと。そうするとツアーも出られないだろうしなとぼんやり思っていて。今にして思うとそうじゃない働き方もあったと思うんだけど、当時はそういう固定概念があって。じゃあ就職じゃないやり方でっていったら、自分で起業するか事業をするやり方があるだろうなって思って。それで何を生かして自分の商売をするかってことを考えると、音楽はやっぱりずっとやってきたことだから、音楽で食うっていう選択肢もひとつはあったんだけど、バンドでも音楽やるし仕事でも音楽やるってなると、どっちもストレスになるような気がして。

タイラ:どっちにもあんまり良い影響がない?

武田:そうそう。だから音楽じゃないところで何かを探そうって。

タイラ:やっぱりそこの考え方がやっぱ面白いよね。普通は自分の持っているものでやろうってなりそうなものだなと思うけど。

武田:細かいこと言うと色々考えたんだけど…例えばアイドルの作曲して、とか…。

タイラ:プログレアイドル?(笑)。

武田:メタル的なね(笑)。そういうのもやってみたら面白いかなとも考えたんだけど、結局それって、曲作りのジレンマというか…やっぱり曲作りって大変だからさ、そこに時間使うんだったらバンドにエネルギー傾けたいなと思ったし、仕事にはバンドで使うエネルギーとは全く別のベクトルのエネルギーを使いたかった。スタジオミュージシャンとかやるにしても、そんなにスタジオミュージシャンに興味無かったし。バンドしかやっぱり興味なかったんだよね、結局。

タイラ:武田君は「ミュージシャン」っていうより、「バンドマン」だっていうことなのかな。

武田:結論そうだね。俺は「ミュージシャン」とか「ギタリスト」というよりは「バンドマン」だっていう感じだった。だからそれを続けるためにじゃあどうするかっていったら別のことで、やるしかないって。

※後編に続く

PROFILE

武田信幸

武田信幸

1981年生まれ。
LITEのギタリストとして国内外で活動中。2013年に行政書士の資格を取得し行政書士事務所を開業後、行政書士法人GOALに合流。
スタートアップ期の資金調達のエキスパートとして銀行融資や補助金申請のサポートを行っている。
新代田FEVERにて「ミュージシャンのためのお金のセミナー」を年一回ミュージシャン向けに開催するなど、「ミュージシャン×行政書士」のパラレルワーカーとして活動中。

LITE WEB:http://lite-web.com/
GOAL WEB:http://www.takeda-gyosei.jp/

PROFILE

タイラダイスケ(FREE THROW)

タイラダイスケ(FREE THROW)

DJ。
新進気鋭のバンドと創り上げるROCK DJ Partyの先駆け的な存在であるFREE THROWを主催。DJ個人としても日本全国の小箱、大箱、野外フェスなど場所や環境を問わず、年間150本以上のペースで日本全国を飛び回る、日本で最も忙しいロックDJの一人。

<レギュラーパーティー>
毎月第二土曜日@新宿MARZ「FREE THROW」
毎月第四金曜日@渋谷OrganBar「Parade」
毎月第一&第三水曜日@赤羽Enab「Crab」

WEB:http://freethrowweb.com/
Twitter:https://twitter.com/taira_daisuke?lang=ja
Instagram:https://twitter.com/taira_daisuke?lang=ja

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